詩と手仕事のある暮らし
どうして手仕事なのか。
人が暮らしていく、特にこれから資源や食料や環境のことを
どうにかしながら暮らしていくとき、
けっきょく、負荷をへらして生きる道がまっすぐのびていくはず。
大量生産大量消費の流れにいつまでも乗るわけにはいかない。
ひとつひとつのものを大事につくり、大事につかう、
手仕事の意味合いはいまのような時、ひときわまぶしい。
それと、手仕事は、こころにとって、
あたたかい。
その手のあたたかさをかかえていきたい。
もうひとつは、詩。
日本で詩といったら、古来ある、短歌。
そして俳句。
どちらも季節の、自然の、うつろいと密接なうた。
まわりの空気やひかりや天候や植物やけものや鳥やさかなや
朝に花が咲き、道ばたに草がゆれ、露が浮かび、
水を汲むと水にもにおいがあり、
それに惹かれ、惹かれるままに歌う。
どうしてか、歌こころというものが
人のこころに棲みつづけてきた。
いまの詩にしてもきっとそう。
それを大事にすること、とりもどすことが、
やっぱりこれからの暮らしの芯にあることに思えてならない。
どこへたどりつくか分からないけれども、
まず一歩めを踏み出そう。
2009年11月22日
白井商店 白井明大 當麻 妙
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